インタンジブルを深める




   束縛  
     
 

哲学者スピノザ(1632-1677)は『エチカ』の中でこう書いています。

「人がその情念を支配し、制御しえない無力な状態を、私は縛られた状態と呼ぶ。なんとなれば、情念の支配下にある人間は、みずからの主人でなく、いわば運命に支配されてその手中にある。したがって多くの場合、こうした人間はわざわざ自分を悪い方向へ追いやってしまうのだ」

スピノザは、人間を変形させ、ストレスの源となる「束縛」は大きな負のインタンジブル・パワーだと見抜いているのです。エゴから発するパワーですから、自分だけでなく、相手の自由を奪い、その行動を制限し、相手そのものもダメにしてしまいます。

束縛されてうれしいと思うのは恋人同士ぐらいではないでしょうか。愛する人を束縛できない悲しみもあり、いっぽうで束縛される喜びもあります。それも伸びたり、縮んだりする肌にやさしい絹のロープだからこそ心地よいのです。ぐいぐいあなたの体と精神を締めつけるようなロープでは、恋人たちの大切な関係はぷっつり切れてしまいます。

親離れ、子離れがいつまでもできないのもその一例です。親は愛しているという名のもとに、「あれをしちゃいけない」「これもだめ」「それは間違い」「あなたのためだ」と子供を迷わせ、自主性を奪います。子供はいい子になろうと無理をして本来の自分を見失っていきます。社会に出てからも同じです。教育の在りかた自体が平均的な基準をもとに人間を縛り、決めつけます。これでは人と同じ人生を歩むことを強いられ、型にはまった人間になって一生を終えることになりかねません。

音楽の世界でもそうです。ある外国のピアノの教授が、日本人のピアノの弾き方は楽譜に縛り付けられている、もっと自由な自分独自のピアノを弾いていいのではないかといっていました。これは音符というタンジブルなものに縛り付けられ、インタンジブルで自由な発想に欠けるからです。

自分で自分を束縛することもあります。呪縛です。強いロープで自分自身をがんじがらめにして、身動き取れない精神状態に追いやるのです。あなたを束縛するものがあるとすれば、それは「思い込みの激しさ」「植えつけられ叩き込まれた考え」「一方的な情報」「気になる外部評価」「固定観念」などではないでしょうか。それらは、誰もが多かれ少なかれ持っているものです。たとえば、「女性はリーダーになれない」「上場会社は安全だ」「正直者が損をする」といった思い込みがあります。じっさいに体験しない想像や妄想で世の中や人間を決めつけてしまう。お金や名声といった欲に束縛されて身動きとれずにいる人もいます。

あなたは、負のインタンジブル・パワーに翻弄されてはいませんか?
覚めた眼で、見えない束縛のロープの存在に気づき、ただちにそれを断ち切ることです。それはあなたにしかできません。

 
                                                        K.Yamakawa