お寿司はもっとも有名な日本食のひとつです。食通の楽しみは、新鮮な海鮮の寿司ネタと極上お酒をさんざん頂いたあとに、シメとして注文する納豆巻です。ところが、ほとんどの外人はこれが大の苦手のようです。そのわけは、糸をひく、あのネバネバにあるようです。臭いがどうにも気持ち悪いという人もいます。
食品というタンジブルなかたちの形成に欠かせない微生物の姿は見えませんが、藁づとの中で引きあっている大豆を見ればその力の大きさに驚かされます。このネバネバを取ってしまったら納豆のおいしさが半減するような気もします。
ところが、極めて例外的な日本通の外人がいます。長年の友人で、パリっ子。発酵学の博士です。銀座のお寿司屋で「納豆はお嫌いですよね?」と言ったところ、その先生はいかにも馬鹿なことを聞くものだという顔をして、こう答えました。「とんでもない。最高においしい。まさに大地のチーズだな。日本でもっとも素晴らしい食べ物の一つですよ。そうじゃありませんか?」
ちなみに、納豆菌はどこにでも見つかるそうです。例えば、美しく化粧した淑女のお顔の下になんと3億個。これはある発酵菌博士のお書きになった本からの受け売りです。でも、ご安心下さい。バイ菌には違いありませんが、美肌効果もあるし、ビタミンB群をいっぱい生産してくれるそうです。
日本で定番となっている発酵食品はたくさんあります。どの家庭の冷蔵庫にも、味噌、醤油、鰹節、酢、漬物などが入っています。いずれも、目に見えない微生物の活動、すなわちインタンジブルな力の働きによって栄養価の高い保存食品として重宝されています。
発酵はまさに食物に対する「錬金術」です。普通の物質を、はるかに有用で魅力的な、異次元の何かに変えてしまう。人類は新石器時代から飲料を生産するために発酵作用を利用したと言われています。
そして発酵は、人間を含めて動物の胃の中でも起こるそうです。そういうことなら、もし人間の心で起こったらどうなるか? そんな突飛なことを考えて、ひとり面白がっている私です。
人間関係はヴィンテージワインのように、より芳醇で落ち着いたものになるのでしょうか、それとも酢のようにすっぱくなってしまうのでしょうか?
私の友人のひとりが面白いことを言いました。
「白人たちは個人主義者だからポップコーンのようにポンポンと跳ね上がって離れてしまう。これに対しわれわれ日本人は、義理と人情のしがらみに納豆さながら、べったりまとわりつく関係です」
人間関係におけるこのような微生物の働きのおかげで、日本人のそれは世界でもユニークなものになっています。素晴らしいことです。でも時々、あまりに情緒に流され、梅雨時の空気のように鬱陶しくなることがあります。
だから、時にはポップコーンのように跳ねてみても悪くないと思うのですが、いかがでしょうか?
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