インタンジブルを深める




   口は一つ耳二つ  
   
 

口は一日のうち寝ている時間以外はほとんどと言っていいほど活動しています。食べているか、しゃべっているか、ああ、呼吸もしているから24時間使っていますね。一つしかないのに、その働きから言えば二つあってもいいのに。一つは食道につながり、他の口は気管につながる。嚥下性肺炎が起きようがありません。これなら高齢者は安心です。

人間は、本当に良くしゃべる。女性はおしゃべりと言われますが、じつは男性も負けてはいません。でも、その間には微妙な“ずれ”があります。

女性のなかには、息をつく暇さえ惜しんでしゃべりまくる人がいます。話題は奔放に飛びまくる。良く食べ、良くしゃべる。口のまわりの活動筋を口紅で強調し、大きく開けて磨き上げた白い歯を見せる姿は平成のモンスターか魔女といった風情です。江戸時代の既婚女性が歯を黒く染めた鉄漿(おはぐろ)よりはましでしょうか。

男性は比較的論理的に考えながら話します。あるいは、お喋りの内容や仕方でメンツを失わないように慎重なのかもしれません。親の教育で「男は黙っていなさい」と聞かされ続けている精でしょうか。テレビの討論会などでしゃべっている男性には正直うんざり。これでもか、これでもかと、批判や反論をくりかえす人がいます。反対に責任を取りたくない慎重派もいて、歯に衣を着せた可もなく不可もないしゃべりかたもあります。正直言って、その場しのぎに口から出まかせに出た一言一句に修正も変更もできませんね。
仮に耳が三つあってもどちらも聞きたいと思いません。

この人の言うことは聞かなきゃ絶対に損だと思う人が登場する討論番組は、紙とペンを持って臨みます。本当に思想を伝えているのか、単なる反論、批判、あるいは、感情一辺倒なのか、聞く側も賢くないと時間の無駄です。かくいう自分も人に多大な時間的損失を与えているのだと思うと恥かしい思いでいっぱいです。

考え抜き、豊熟した結果の言葉なら大切にとっておきたいものです。まさに、インタンジブルな力を聴き手に与えます。そんな時は、耳が二つあってよかったなと思います。

日常会話もある程度、言葉の使い方も量も考え、意義ある会話にしたいものです。家族、友人といった親しい人との間でも、適当な距離感をもつことが必要です。さもなければ、言いたい放題。遠慮しすぎれば、ぎくしゃくした会話になって、正しいコミニケーションができなくなることもあります。私用の口、公用の口二つを上手にスイッチできないものでしょうか。

言葉は、とりわけ世界をリードする人たちにとって魅力でもあり、魔力を持つ道具です。職場など上下関係が重要なところでも、同じことが言えます。言葉は品格、教養、知性、知識、教育、生い立ちなどすべてを露わにしてしまうとてつもないインタンジブル・パワーを潜め持っています。使い方によっては人を勇気づけ元気づけ、希望も与えられるのに、人を瞬時に傷つけ再起不能にする事も出来ます。言葉は、キラリと輝く貴重な宝石のようなパワーを持っていますが、凶器にも変わります。言葉は発した人に、その責任があります。自由すぎて、言いたい放題がまかり通るなら、世の中や、人心は大混乱におちいってしまいます。

やっぱり口は一つのほうがいいのかな。人間のことをよく考えて、誰が一つに設計してくれたのでしょう。最近は、耳が二つあるのに年齢のせいか、聞き取りも難儀になってきました。でもおかげで、ちょっとずる賢くなって、聞かなかったふりも出来るようになりました。口も、耳も使いかた次第で人生を賢く生きることができるという事でしょうか。

明日は休日、口を粘着テープで貼り付けてどれぐらい我慢できるか実験してみようかしら。文房具屋さんに行けば、“貼ってはがれるテープ”というのも売っています。世界のどの国でも手に入るようです。食べることもできないから肥満防止になるかもしれません。

こんなキャッチフレーズを特許庁あたりに登録しておこうかな。いつかビジネスに使えるかも。「口にテープを貼って賢くなろう」――いつでも、どこでも、ご家庭でテレビを見ながらでもOKです。

 
                                                        K.Yamakawa    
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