インタンジブルを深める




   マスクの下で  
   
 

一年近くマスクをつけて生活していると、チャーミングでありたいと思う気持ちなどなくなり、口元から緊張感が失せてしまいます。そのせいか顔の半分、口のまわりが、いかにも年取ってきたなと思い知らされます。外出しないのでおしゃれもせず、つい、だらしない格好で日々過ごしがちです。追い打ちをかけ、運動不足で足もおとろえ、ストレスもつもり、外見も内面も、じわじわ、たるみます。これはワクチンを打っても元どおりになりません。アタマもやられるそうですから、アガサ・クリスティーの名探偵ポワロならずとも、彼の天才的な「灰色の脳細胞」からはじまって、コロナのおかげで失うもの大でしょう。

最近はリモートワークとかオンライン飲み会とか考えられないことが当たり前になっていて、「ネットでチャットしようよ」といわれても、どうしていいのか私はうろたえています。時代の変化についてゆけないことにも歳を感じます。歳は多方面から押し寄せてきます。唯一学んだのはネットでお取り寄せの技術。動かずしてほとんどすべてのものが手に入る。でも、「愛」だけは売っていません。いつも品切れのようです。

マスクが不用になる日に友達に会ってみたい。一人ひとりがどのように一年を過ごしたかが、はっきりと見えるのではないでしょうか。外見のみならず、価値観も変わり、「あれ、私も含めて言っていることがいままでと違うじゃない?」など、発見があるかもしれません。

最近、たくさんの友達がしきりに断捨離をしているとききます。いままで外出して買いまくったものがあふれ、実際は使わないものがぎっしり詰まっていたりして、外出イコール無駄使いの現実に驚いているようです。案外タンジブルなものに頼って生きていたけれど、なければそれでもすむと気がついたのでしょう。

世界規模でマスクをつけられた状態に置かれている地球人。見えないものの力、インタンジブルの怖さを平等に味わっています。これって、何か大きな仕掛けにハマったのではないのかしら?地球人を「自然も環境も破壊してまで、買いまくり、食べまくり、いい加減にしろ」と警告が出ているのかなと思ったりします。一人一人がちょっと立ち止まり、考え、行動を変えたらどれだけ地球が息を吹き返すことか!今は量(タンジブル)より、質(インタンジブル)を学んでゆくチャンスかもしれません。量は限度があるけれど、質はいくらでも追求できます。量にはストップをかける必要があるけど、質は制限する必要がありません。

ワクチン、ワクチンというけれど、人間が作り出すワクチンではたしてマスクが不要になるか。コロナはどこから来て、私たちはいったいどこへ行くのだろう。人類は絶滅危惧種にはいっているのか。いや、入りつつあるのは間違いないなどと、マスクの下で今日も果てしもないことをあれやこれやと考える私です。

 
  山川和子(フェイラージャパン創業者)