インタンジブルで「モノの見方」を深める


   ああ懐かしい 
   
 

いつ見ても何度見ても、泣けて、笑える寅さんの番組、「男はつらいよ」。放浪者、寅さんが、北から南まで、日本列島を案内してくれて、48作にそれぞれ、個性の違う「マドンナ」こと美女が現れる。失われた昭和の風情と人情と言ったインタンジブルを感じ、「昭和のレトロ」を懐かしみながら、時間のたつのも忘れてみてしまう。寅さんは懐かしさを思い起こさせる伝導師(エバンジェリスト)でした。

昭和生まれの私たちが戦後の貧しい生活を生きぬいてきたエネルギーはすさまじい。

小学生の頃、駅の近くの裏通りに闇市がありました。「いらっしゃい、いらっしゃい、御用とお急ぎのない方は…」と呼びかけられて、ついつい人の輪の後ろの方でこわごわ眺めていた。ガマの油売り、バナナのたたき売り。いまでは考えられない不衛生な食べ物や配給で追いつかない必需品が並べられていたのです。そのパワーはすごすぎる。闇市は生きるために考え、編み出したクリエイティブな商売であったと思います。

闇市で生まれたインタンジブルパワーが日本を復興させたと言っても過言ではありません。このパワーがなかったら今の私たちは生き残れなかったことでしょう。

工業用アルコールを水で薄めた非合法もいいところの「バクダン酒」をつくった人も勇気が要ったことだろうが、酔っ払いさえすれば辛さを忘れると危険を顧みず飲んだお父さんたちも勇気がありました。甘味料の代わりにサッカリンやズルチンなどで、おやつにカルメラ焼きなるものをつくってもらいました。ひと時の幸せと危険は隣りあわせ。さすがに懐かしい思い出ばかりとは言えないけれど、胸にキュンとくる思い出に違いありません。

いったい懐かしさとは何なのでしょう。「再び出会うことも、経験することもない、しみじみと心に立ち上る思い出」のことを言うのでしようか。

思い出だから、どれほど思っても無害。過去がぜんぶ懐かしいとは言えないし、人それぞれ懐かしく思い出されることは違うはず。「懐かしい思い出」はどの人にとっても、インタンジブルな宝物です。

私にとって懐かしい思い出は、お母さんの糊のきいた、白い割烹着、土間のおかまで炊いた麦入りごはん、丸いお膳の上の一汁一菜を家族みんなで囲んだ夕飯。食べるという嬉しさがこみあげ、みんな一緒という安心感に包まれる。貧しさの中に存在した極上の幸せ風景。

勇気や、信頼、行動力、団結、協力、隣人愛や、思いやり…インタンジブルパワーをたくさん出したのは戦後の昭和時代ではないでしょうか。しみじみ懐かしく・・・思い出し、戦後の貧しい、苦しい時代であったけれど、昭和に生まれてよかったと思っています。

 
        
                                                         
   山川和子    
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